生豆の選定 〜老舗が好む生豆〜

ノイズキャンセリング・コーヒーは、焙煎や抽出の技術だけで完成するものではありません。どれほど丁寧に焙煎し、どれほど慎重に抽出しても、原料となる生豆そのものにノイズが入っていれば、そのノイズは最終的なカップに残ります。

生豆の選定は、ノイズキャンセリング・コーヒーの最上流に位置する工程です。ここでの判断が、その後のすべての工程の質を決めます。

シツジ珈琲の仕入基準を、ひとことで表すならこうです。

老舗が好む、生豆。

今のスペシャルティコーヒー業界

浅煎り・酸味重視の潮流

現在のスペシャルティコーヒー業界は、サードウェーブと呼ばれる潮流の中にあります。

この潮流の中心にあるのは、浅煎り・酸味重視・フレーバー重視という価値観です。「ブライト(明るい)」「ヴァイブラント(鮮やか)」「シトラシー(柑橘的)」といった表現が高い評価を受け、産地特有のフルーティーなフレーバーを引き出すことが「良い焙煎」とされています。

SCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)の展示会でも、この傾向は顕著です。2024年のSCAJビレッジ出展者の大半が浅煎りを提供しており、深煎りを出していたのはシツジ珈琲くらいでした。

Point 1

業界の方向性

スペシャルティコーヒー業界全体に、酸味とフレーバーの刺激を強調する方向への流れが見受けられる。

この味の本質は何か

浅煎りは、コーヒー豆の焙煎反応(メイラード反応)が十分に進む前で焙煎を止めた状態です。酸味が強く残り、甘味の形成が不十分で、味の統合が弱い。

サードウェーブが「フルーティー」「華やか」と評価するこの味の特徴は、シツジ珈琲の言葉で言えばノイズが多い状態のように感じます。刺激が強く、鋭く、落ち着きがない。

もちろん、浅煎りのすべてが悪いわけではありません。気がかりなのは、業界全体がこの方向に偏り、刺激の強さを「良い味」として定義する流れが加速しているように感じる点です。

なぜ業界はこの方向に偏ったか

業界がこの方向に偏った背景には、抽出器具の問題があります。

近年、市場で大きなシェアを持つドリッパーの多くは、リブ(溝)が上部から下部まで全面に走っている構造です。HARIO V60、CAFECフラワードリッパー、Origami――それぞれ意匠は異なりますが、リブが上部にも刻まれているという点では共通しています。

これらは、コーノ式(下部1/2〜1/3にしかリブがない構造)とは設計思想が根本的に異なります。

器具リブの位置抽出される成分の傾向
V60、フラワー、Origamiなど上部から下部まで全面フィルターと壁面の間に常に隙間があり、泡(アク)に含まれる雑味成分も一緒にサーバーに落ちる
名門フィルター下部のみ上部でフィルターが密着して泡をブロック、下部から澄んだ抽出液だけを通す

リブの長さ(上まであるか、途中までか)、リブの数、リブの厚みなど、各社それぞれに違いはありますが、本質的に効いているのは「リブが上部にあるかどうか」です。上部にリブがあれば、抽出中にフィルターが壁面から浮き、泡(アク)が横方向に流れる経路ができてしまいます。

抽出器具で雑味が出やすい→雑味を「フレーバー」として評価する文化が育つ→そのフレーバーが出やすい浅煎り豆が求められる→生豆の栽培段階から酸味・フレーバー重視の品種が選ばれる。

このように、器具→抽出→焙煎→生豆の順番で、刺激を強める方向に圧力がかかってきているように感じます。

生豆そのものが変わってきている

こうした圧力の影響で、生豆の段階から刺激の強い性質を持つ豆が増えてきているように感じます。

酸味やフレーバーの強さが高評価を受けるため、生産者側も次のような方向に力を入れます。

  • 酸味が際立つ品種の選定
  • フルーティーなフレーバーが出やすい精製方法(ナチュラル、ハニー)
  • 刺激的なフレーバープロファイルの追求

これ自体は生産者の努力であり、否定すべきものではありません。ただし、ノイズキャンセリング・コーヒーが目指す調和・穏やかさ・透明感とは方向性が異なります。

Point 2

原料段階のノイズ

昨今のスペシャルティ業界の生豆には、刺激が強すぎる方向への偏りが見受けられる。原料の段階でこの偏りに加わらない選択が必要。

もう一つの問題 ― 劣化したノイズ

ここまでの話は「刺激が強すぎる」というノイズの話でした。生豆にはもう一種類のノイズがあります。それは劣化によるノイズです。

刺激が強すぎる豆は「鋭すぎるノイズ」、劣化した豆は「重く鈍いノイズ」と言えます。性質は逆ですが、どちらも整った状態から外れているという点では同じです。

輸送中に起きる劣化

コーヒーの生豆は、生産国から消費国まで船で長期間輸送されます。この輸送中に次のような問題が起きることがあります。

  • カビの発生 ― コンテナ内の温度変化による結露で、豆の水分量が上がりカビが生える
  • 過度な乾燥 ― 逆に乾燥しすぎて風味成分が劣化する
  • 異臭の付着 ― コンテナ内の環境や同時輸送される貨物の影響で異臭がつく

これらはいずれも重く鈍いノイズです。生命力がなく、カビが生えた豆は論外。輸送中に風味が抜けた豆も、どれほど優れた焙煎を施しても元には戻りません。

商社による品質の差

コーヒーの生豆は、生産者から直接買い付ける場合もありますが、多くは商社(インポーター)を通じて仕入れます。商社によって次の要素が大きく異なります。

  • 買い付けの目利き
  • 輸送方法(温度管理されたリーファーコンテナを使うか、通常コンテナか)
  • 保管環境(倉庫の温湿度管理)
  • ロット管理(同じ銘柄でもロットによって品質にばらつきがある)

輸送・保管の管理が緩い商社から仕入れた豆は、到着時点ですでに劣化が進んでいることもあります。

Point 3

ノイズは輸送と保管でも入る

原料が良くても、輸送と保管が雑であれば、豆は劣化する。仕入れる前から、品質はすでに決まっている。

シツジ珈琲が選ばない豆 ― 仕入基準

ここまでで、生豆に入りうる2種類のノイズを見てきました。

  • 刺激が強すぎる(鋭すぎるノイズ)
  • 劣化している(重く鈍いノイズ)

シツジ珈琲はこの両方を避けます。

分類内容
仕入れない豆 ・品質基準を下回るもの(同じ銘柄でも、ロットの品質が基準を下回れば仕入れない)
・刺激が強すぎるもの(昨今のスペシャルティ業界に多いタイプ)
・輸送・保管の管理が緩い商社の豆(劣化リスクが高い)
仕入れる豆 ・味の素材としてしっかりしているが、刺激が強すぎないもの
・栽培段階で品質管理がされているもの
・輸送・保管の品質が確保された信頼できる商社からの豆

「おいしい」ではなく「刺激が強すぎない」を基準にする理由

一般的なコーヒーショップの仕入基準は「おいしいかどうか」です。カッピングスコアが高い豆が良い豆とされます。

シツジ珈琲ではカッピングスコアだけで判断しません。スコアが高くても、酸味やフレーバーの刺激が強すぎる豆は仕入れません。なぜなら、ノイズキャンセリング・コーヒーの目的は刺激を与えることではなく、刺激を整えることだからです。

原料の段階で刺激が過剰であれば、焙煎と抽出でどれほどノイズを取り除いても、完全に整った状態にはなりにくい。逆に、刺激が強すぎず、味の素材としてしっかりしている豆であれば、その後の工程を通じて整った状態に導くことができます。

Point 4

仕入の基準

カッピングスコアではなく、刺激の強さで選ぶ。味の素材として確かであり、かつ刺激が強すぎない豆だけを仕入れる。

シツジ珈琲が選ぶ豆 ― 老舗が好む生豆

シツジ珈琲が仕入れる豆を、ひとことで表すなら「老舗が好む生豆」です。

派手な酸味や強いフレーバーで一瞬の驚きを与える豆ではありません。流行のプロファイルでもありません。長年にわたり、味の核として愛されてきた豆。世代を超えて評価が定まり、何十年もの時間軸の中で「これは確かだ」と判断されてきた豆。カッピングスコアという数字ではなく、長い時間が品質を証明してきた豆――それが、シツジ珈琲が選ぶ豆です。

老舗の喫茶店が深煎りを好むのには理由があります。深煎りは、豆の素材としての確かさが問われる焙煎度です。素材が弱ければ、焙煎の中で味が抜けてしまう。素材が刺激的すぎれば、焙煎しても角が取れない。素材としてしっかりしていて、かつ刺激が過剰でない豆だけが、深煎りに耐えます

シツジ珈琲の仕入基準は、この「老舗が選んできた豆」の系譜に属しています。新しさを追わず、確かさを選びます。

仕入先にもノイズキャンセリングの思想を適用する

良い豆を仕入れるためには、生産地・輸送・保管のすべてが整っている商社を選ぶ必要があります。

信頼できる商社の条件

  • 生産地での品質管理が確認されていること
  • 輸送方法が適切であること(カビや劣化のリスクが低い)
  • 同じ銘柄でもロット品質にばらつきがある場合、品質の低いロットを流通させないこと
  • 長期的な取引関係の中で品質の安定が確認されていること

これは単なる品質基準ではありません。「どの段階でもノイズを入れない」というノイズキャンセリング・コーヒーの思想を、仕入先にまで適用しているということです。豆の品質は、焙煎所に届いた時点で決まっています。届く前にノイズが入っていれば、後工程で完全に取り除くことはできません。

だからシツジ珈琲は、仕入先の選定そのものを最初の品質工程として扱います。

3種類の生豆 ― グラフで見る全体像

ここまで見てきた「過剰な刺激」「劣化」「整い」という3つの状態を、トリグナ(サットヴァ/ラジャス/タマス)のバランスで可視化すると、それぞれの生豆の性格がはっきりと見えてきます。

スーパー量販の豆

スーパー量販のコモディティ

サットヴァ
2
ラジャス
3
タマス
8
⚠️ 大量生産・長期保存により、劣化(タマス)が支配的になりがち

スペシャルティの豆

浅煎りスペシャルティ

サットヴァ
6
ラジャス
8
タマス
2
⚠️ 酸味・フレーバー重視により、刺激(ラジャス)が前面に

老舗が好む生豆

シツジ珈琲が選ぶ豆

サットヴァ
8
ラジャス
2
タマス
2
💡 過剰でも不足でもなく、整い(サットヴァ)が支配的

シツジ珈琲は、刺激が前に出すぎず、劣化もない、整った状態の生豆だけを仕入れます。

ノイズキャンセリング・コーヒーの完成

ノイズキャンセリング・コーヒーは、複数の工程を経て完成します。生豆の選定は、その最上流に位置します。

工程何のノイズを消すか方法
生豆の選定原料に含まれるノイズ過剰な刺激と劣化を持つ豆を仕入れない
ビィーンプリント・テクノロジー™豆内部の刺激成分独自処理工程
サットヴァ・ロースト焙煎で生じうるノイズ水分と湿度を活用し、豆全体を均一に整える
サットヴァ・キープ保存中の酸化と劣化EMBALANCE技術で生豆の鮮度を保つ
コーノ式かなざわ抽出法抽出後半のノイズ抽出を1/3で止め、ノイズ成分を引き出さない

最上流の工程で品質が確保されているからこそ、その後のすべての工程が成立します。生豆の選定は、ノイズキャンセリング・コーヒーの土台です。

科学的検証ノート(詳細を見る)

検証1:スペシャルティコーヒー業界が浅煎り・酸味重視に偏っている → ✅

Perfect Daily Grindの2025年の記事によれば、サードウェーブコーヒー運動は浅煎りプロファイルと多様な精製方法の普及により、消費者の「酸味」への認識を変えてきた。「ブライト」「ヴァイブラント」「シトラシー」という表現が定着しつつある。一方、2019年World Cup Tasters ChampionのDaniel Horbatは、浅煎り偏重により大多数の消費者(ミルクベースの飲料を好む層)が疎外されるリスクを指摘している。

検証2:浅煎りはメイラード反応が不十分で、酸味が強く甘味が弱い → ✅

Ally Coffeeの解説では、メイラード反応を速く通過すると酸味は鋭くなり、ゆっくり通過するとより丸みを帯びた酸味・甘味・ボディが得られるとされている。浅煎りはメイラード反応の初期段階で焙煎を止めるため、酸味が支配的になり、糖の生成が不十分になる。

検証3:リブが上部まであるドリッパーとコーノ式には構造上の明確な差がある → ✅

コーノ式は下部1/3にのみリブがあり、上部はフィルターが密着して泡の横流れを防ぐ構造。一方、市場で広く使われているドリッパー(V60、CAFECフラワードリッパー、Origami等)は意匠こそ異なるが、いずれもリブが上部から下部まで全面にあり、フィルターとの間に隙間が生じやすい点では共通している。Soulhand社の比較分析では、コーノ式の短いリブが抽出速度を制限し安定した抽出を可能にする一方、上部までリブがある設計は湯の通過経路を延長し抽出速度を上げる方向に働くと説明されている。リブの長さ(上まであるか途中までか)・リブの数・リブの厚みといった違いはあるが、抽出される成分の質を最も大きく分けるのはリブの「位置」(上部にあるか否か)である。

検証4:輸送中の温度変化でコーヒー生豆にカビが生える → ✅

コーヒー生豆の水分含有量は通常10〜12%で、ICO(国際コーヒー機関)は11%を推奨している。Perfect Daily Grindの記事によれば、水分含有量が高すぎるとカビのリスクが増大し、環境要因(特に湿度の高い場所や温度変化)が水分含有量の変動を引き起こすとされている。コンテナ内の結露はこの問題の典型的な原因である。

検証5:生豆の品質は商社の目利きと輸送管理に依存する → ✅

業界では、リーファーコンテナ(温度管理コンテナ)での輸送と通常コンテナでの輸送の品質差が広く認識されている。また、同じ銘柄でもロットによる品質差が存在し、インポーターのカッピング精度とロット管理が最終品質に直結するという認識は、スペシャルティコーヒーの品質管理の基本とされている。

総合評価

シツジ珈琲の生豆仕入基準は、スペシャルティコーヒー業界の一般的な基準(カッピングスコア重視)とは異なるが、コーヒー科学の知見と矛盾するものではない。むしろ、業界に見られる刺激方向への偏りを認識した上で、整った状態を実現するために逆方向の基準を設けているとも言える。「刺激の強さ=品質の高さ」とする見方が業界に広がってきているように感じられる中で、シツジ珈琲は意図的に異なる軸を選んでいる。

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